初めてのボッチャでした❗3時から止むことなく4時半まで継続、熱中して感想は「楽しい、難しいけどチームで勝ったり負けたり 続けたい。今度いつするの?」
第4日曜日3時から定期的に実施を確認しました。
参加をお待ちしております。
94歳作山キヨさん、93歳幸田隆久さんも参加して楽しみました。
因みに上の点数は白のジャックボールに近いのは青ですから赤が多く見えますが 1対0
青の1ポイントです。
令和4年度あまぎ学 北中学校行程(案) 天城町吉野さんから 北中学校学習案内の計画表
キャリア教育含む
9月22日(木) 北中学校 1年生 生徒24名 教諭●名
講師:幸多 勝弘 先生
【行程案】
9:00 北中学校 発
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9:30 下原遺跡 付近 着
10:30 下原遺跡 付近 発
↓
10:45 戸森の線刻画 着
11:05 戸森の線刻画 発
↓
11:30 クロウサギ観察小屋 着
12:00 クロウサギ観察小屋 発
↓
12:20 上名道森林公園 着
※昼食
13:05 上名道森林公園 発
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13:30 天城岳松原登山道 着
※軽登山(動きやすい服装、飲み物、タオル)
14:20 天城岳松原登山道 発
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14:40 浅間 特攻隊慰霊碑 着
14:55 浅間 特攻隊慰霊碑 発
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15:00 北中学校 着 【終了】
2012年 2月 2日 (木) 人権同和教育研究大会(徳之島)
三町人権・同和教育研究大会が1月31日 天城町中央公民館であった。
会長職5年、実践レポートも昨年30本、今年も29本。人権同和教育の実践が広がっている。 ハンセン病問題、生命尊重の授業。特別支援教育ではハンディを持ちながらも記憶面で優れている子の紹介や、個性の違い、その中で奮闘する教職員集団取組が報告された。 「地域の学校に行きたい、」「徳之島に養護学校の分教室・分校を!」今徳之島の支援教育が動き出した。
7日県議会議員 柳誠子が来る。徳之島町生涯学習センターで講演がある。span> 与論高校の分教室も教職員と教育行政の積極的な支援、地域の運動が功を奏した結果だ。与論高校の成果を検証するため3年間を待つのでなく、分校設置の運動を三町で連帯していくことだ。 「より深く関わる営み」が大切だ。
10年後 徳之島高校に大島養護学校の分教室は出来、有志の夢は実現した。
2010年米軍基地移設反対の運動も 功を奏した。だがウクライナへのロシア侵略をある面ソファーに座って見ている。戦争に正義はない、「基地移設報道」あの時の苦しい思い、喉元に銃剣を突きつけられた苦しさ脅威を忘れてはいない。ウクライナ、ロシアで戦争を指示命令しているのは政治家のトップ、夢希望を持った若い兵士が戦場に向かい、墓場へ。きみ死にたまうことなかれ 与謝野晶子 の詩を熟読してほしい。
花はどこへ行った ♪
繰り返される悲しみ、誰が何のために?
大本営発表で勝利!確信して若者を戦場に送り出した満州事変、日中戦争、太平洋戦争。310万人の戦争犠牲者を出した日本。果ては一億玉砕と国民を死へと導いた 軍部、戦時教育の教訓は活きているのか。
終戦記念日は果たしてそうなのか。今は世界戦争前夜の様相を報道機関も流している。だが、日本国民にその危機感は無いに等しい。コロナ禍でも観光経済政策に目を囚われウクライナや周辺国、中国とロシアの合同訓練も開始されようとしている。それはロシアがウクライナ進行前に訓練と称して軍隊を移動結集していたのと変わらない。要するにいつでも台湾有事も起こりうるし、与那国や波照間 南西諸島が中国から、そして北方領土から、北海道へとロシアの手がのびることを意図的に画策、日本をも威嚇している。
そんな時、日本政府は専守防衛という9条を無くし攻撃のできる国づくりを憲法改革でやろうとしている。
人道的な支援こそ世界が求めている時代に、あの忌まわしい第二次世界大戦の前夜ともいえる軍事力の増強に世界が走っていく。目には目を!棒を持てば石を投げる、刀で、槍で、鉄砲で・・・・世界破滅の道筋を政治家も「防衛」という名の先制攻撃を目論んでいる。危ない!
戦争体験者の声は8月だけのことなのか?1944年9月25日疎開船「武州丸」からのメッセージは聞こえないのか。子ども老人、婦女子が犠牲になった戦争の体験は忘れられ、ゲーム感覚の政治家が世界の平和を願う、貧しくも幸福な人々の「今」を破壊し、私利私欲のため戦争に走る。
一発のミサイルが2100万円、これでどれだけのミルクが買えて、何万人の子どもたちの命が救えるのだ。
軍需産業は栄え、武器商人は豪邸にくつろぐ。貧しい人々は貧困ゆえに、イラク戦争の州兵が奨学金ほしさに戦地に向かったように、いつか経済格差によって日本の貧しい若者は食うため学びの奨学金ほしさに、殺人者になる。生きるため、国の為?今のロシア風がやって来る。
戦前の今、考えてほしい。「命ど 宝」私の妻は昭和の時代、幼い子供二人に言っていたのを思い出す。「戦争になったら足の一本を切り落としてでも兵隊にやらない」と。
武州丸の犠牲者148名と内77名の子どもたちの御霊に「再び子どもたちを戦場に送らない」と約束し、今年も慰霊の夕べを9月24日午後4時から なごみの岬で実施します。
今は戦後、戦時中、戦前?
日本は太平洋戦争終戦から戦後、といっても良い。中国や北朝鮮の軍拡、そしてロシアのウクライナ侵略、ミャンマーの軍事政権などを思うと戦時中であり一触即発の戦前ともいえる。ロシアの状況を見ると日本の戦前を思わせる。自国の貧困から満州へ渡り、開拓団と称して満州の人々の土地を奪う。それとは知らず満州へ渡る日本国民だった。日中戦争が勃発、侵略国家となり三国同盟に活路を求めたが米英はそれを許さず経済制裁。ここまでくると今のロシアと似ている。戦争はいつの時代も男社会、政治家が起こす、が犠牲者は老幼婦女子である。
学童疎開船の対馬丸・武州丸の悲劇から78年だ。記憶に新しい。悲劇を忘れず伝えたい。
沖縄の鉄血勤皇隊、ひめゆり学徒隊や少年たちの特攻隊、学徒出陣と若い青少年の夢と希望が絶たれる。誰のため?何のため?命を捨てるのか。戦争はお互いの「正義」の戦いである。言い分がある、そして報復は新たな報復を呼ぶ。憎しみの連鎖を絶つことができるのか?これこそが政治家の仕事。国民の弱者である、貧しい、学歴の低い人たちが前線に送られる。イラク戦争でもアメリカの州兵隊が奨学資金ほしさに出兵した。
今の政治家は、生々しい戦場も痛みも知らない。自分たちが戦場、前線に立つはずはない、と信じている。外交努力で共存共栄の思いを怠けていると、いつのまにか恨み、嫉妬を買う。独裁者を出してはいけない。ぬるま湯から抜け出して、若者たちの未来・夢のために国際協力、努力をすべきだ。
少なくともこのどさくさに紛れて軍事力増強、核兵器持つべしなどと右傾化し、元来た道に戻らないでほしい。再び子どもたちを戦場に送らない!大人であってほしい。
糸木名小学校のタマシモロイタイムが昨年に引き続き実施された。今回は「三味線に触れてみよう!」
全校児童と家庭教育学級のお母さんたちでした。調弦 20本余りの三味線を終え、5,6年生に先ず指導。
カエルの歌でドレミの奏法とポジション。指、バチ、姿勢等々。5名の児童はすぐマスター。次いで徳之島の子守歌を頑張った。
全自動がそろったところで、三味線の基本を語り。ドレミのポジション。しばらくして5、6年生が低学年に個別指導。異年齢の子どもたちが繋がるチャンス、やさしく教える先輩に低学年の子供は嬉しそう。
さて、5,6年生の模範演奏だ。わずか4,50分で2曲演奏を実現。
カエルの歌は一番を演奏、2番はみんなで歌った。徳之島の子守歌演奏。拍手喝采!
最後は六調、ワイド節を踊った。三味線に親しみ、慣れ、いつか再び手にして伝統をつなぐ子どもたちが現れることを期待して、3時間に及ぶ郷土教育の伝承活動を終えた。
駐在員・区長(自治公民館長)として子ども会から高齢者までのニーズを理解し、活動を推進していく役割を担っている。コーディネーターとして、金子みすゞの「みんな違ってみんないい!」の志で歩んでいる。
昭和50年沖永良部島 知名町上城小学校赴任当時から、青年団・子ども会・西目スポーツ少年団設立など社会教育5時から男でやって来て、今そのゴール近くに来ていると思っている。そこから見る地域は、子どもの夢や未来を見渡しているだろうか?青年のエネルギーを発散させ、生き甲斐を持った日々を送っているだろうか、高齢者は夢と希望をもって「生涯青春」を満喫しているだろうか。それらの環境を準備し整えているだろうか、行政は?地域のリーダーは?。自問自答しながら歩む。
歴史もきちんと把握しなくては、先史時代、古代からの変遷。狩猟採集(貝塚)時代から島はどう変わったか。今日、尾母での発掘現場を見て来た。カムィヤキの遺物が出土している。出来具合は粗雑で焼きが甘く赤土部分が残っている。立派な完成品は島外へ交易品として出ているはずだ。そのうち居住地跡もわかると思う。そこから海を下っていくと本川貝塚、海へとつながる。貝や追い込み漁をした海人(ウミンチュ)が山の幸、狩猟も可能な台地に居住地を求め登ってきたところが「尾母」集落、という道筋が見える。今度フィールドワークで案内したい。