送別の季節到来・・・

別れの季節,昨年三線愛好会の会員として警察署長という重責の合間に研鑽を続け島唄「朝花」や琉球奄美のポップスまで弾きこなせるまでになった有村署長が栄転となった。一昨日の新聞発表から一夜明けた昨日ホテルニュー西田の居酒屋「今年も豊作」で送別会。自分たちで歌って踊って,心に思い出に残る送別会でした。おーぼらだれん,おーぼらだーに。ご活躍を祈っています。

武州丸からのメッセージ 犬田布小学校家庭教育学級

9日 犬田布小学校家庭教育学級で「学童疎開船 武州丸からのメッセージ」について講演する機会をいただきました。紙芝居を傍らにおいて,パワーポイントで写真も併せて紹介。感想には「子どもを育む,そのためには女性,母親が平和を目指し子どもを守っていく。熱いメッセージが伝わってきた。」「戦争の悲劇を知ること,そして伝えること。命の大切さを改めて考えさせられる貴重な時間でした。」。等々,ほとんどの人が疎開船武州丸で犠牲になった徳之島の学童,母親,祖父母,そして本土への帰還兵,看護婦などのことは知りませんでした。伝えることの営みを,より積極的に継続する必要性を感じました。

石巻専修大学教授 新福悦郎先生来島!

一昨日3月1日、宮城県石巻市 石巻専修大学教授 新福悦郎先生が来島。犬田布小学校の蜂須賀先生との交流だが、なんと30数年前奄美大島教職員時代からの知人だった。一瞬にして昔に戻り、昼からのフィールドワーク案内となった。伊仙町を中心に犬田布騒動からメランジュ、琉球墓、旧奉安殿、カムィヤキ、歴史民俗資料館、トマチン遺跡、なごみの岬では「富山丸の3700余名の戦死者は東日本大震災石巻の死者の数に匹敵するね・・」、学童疎開船武州丸の事と紙芝居。急ぎ足で動いてお昼から6時45分まで。夜は今年も豊作で島唄三味線。「徳之島」を東北の地で発信してくださいね。うれしい楽しい懇親会でした。

小さな音楽会 第8回 国際的!の声も

第8回を数える 小さな音楽会 12年前 関西で島出身者が外国旅行を楽しむ中村夫妻に「徳之島、という素敵な島があるよ」と教えた。以来、徳之島を訪れる夫婦がニュー西田ホテルのご厚意で始まった。オカリナ演奏、ハーモニカで慰問活動をしている中村夫妻に友情の輪が広がり、関西と徳之島がつながった。50名を超す知人友人が集まり「三線愛好会結」も三味線演奏で3年目の友情出演でした。フランスから徳之島の方言研究に来島しているレベック、ディミトリさんも参加フランス語よりも上手な日本語で自己紹介。「国際的」を演出していただきました。おーぼらだーに(だれん)。

亀津(近隣)公園の桜植樹から20周年!あすなろ会

2月4日 13時から。あすなろ会の桜手入れと花見。平成10年2月11日に亀津中区の有志で植樹した100本の桜は毎年,1年も欠かすこと無く手入れをし,5~6年後から花見を始めました。3年後の平成13年2月に未来志向,発展的に名前を「あすなろ会」と改称,亀津4区に広げました。その後も毎年植樹は増えて150本ほどの桜公園となりました。オーナー制であったため個人の名札があり,子々孫々へと思いが伝わっていくことでしょう。

2月4日(日)Ⅰ時間半の手入れを終え,花見開始。小雨のため場所を休憩小屋に移し,ブルーシートを風よけとして5時まで太鼓三味線,踊り。「桜木は 風雨に耐えて 花開く 育てし人の 熱き思いに」

世界自然遺産登録直前!フィールドワーク2月3日

徳之島労金と労福協主催の徳之島歴史自然探訪が2月3日(土)あった。案内人として9時30分出発。薩摩藩政時代の亀津~井之川。「江戸時代の人と握手し,記念撮影した人は?」「実は,私です。泉 重千代翁は慶応元年,江戸時代に生まれています。その写真が,これです!」

鍾乳洞に入った。シマンチュや外国から「島の方言研究」で来た人,教員他異職種の交流もあった。昼食の提供,ビンゴーゲームまで感謝,感謝のバスツアーでした。旧奉安殿,慰霊碑など戦跡から平和について学んだ。守り伝える徳之島の歴史文化自然,これからもいろんな団体がバスツアーを精力的に実施できたらいいですね。

北中学校&犬田布小学校ましゅ屋&南三島文化協会研修会

1/30北中学校「地域を知る」(総合的な学習の時間)の講師として依頼され終日島内の歴史,自然探訪を案内した。先ず,足下の戦時中陸軍飛行場,特攻隊慰霊碑では,17歳から若い兵士が参拝し,沖縄へ飛び立ったであろう肉弾三勇士の碑や忠魂碑について話した。防空壕跡「戦時中はこの暗闇が安心安全な場所でした。昼間は隠れ,島の人は夜の月明かりで田植えや農作業をした。犬田布騒動,メランジ,奉安殿。カムィヤキと日本の歴史。鍾乳洞では大ウナギ(鍾乳洞の主?)にビックリしました。

2/1犬田布小学校の5年生は「ましゅ屋」(水本さん)で塩作りの実習。塩水を運び燃料の廃材を準備,出来るまでを学んだ。

昼は南三島の文化協会研修会,夜は三島の郷土芸能披露,徳之島地元から高齢者カラオケの発表や田植え踊り,伊仙の勇壮な棒踊りが披露され喝采を浴びた。

卓球ダブルス大会犬田布小学校優勝!みほちゃん帰省 かわいい赤ちゃん

伊仙小学校に5年勤務、素敵な旦那さまとのめぐり合いもあって、かわいい「ひなたちゃん」と帰省。うれしいですねね。

町内小学校・教育委員会 9チームによる3ブロックの試合の後、各ブロックでの順位に分かれての再リーグ戦の結果。

1位チームに犬田布小学校I(アイ)チームと伊仙小学校の2チームが1位決定リーグ戦。その結果見事接戦の末犬田布小学校が優勝!ラージボールという大き目のスピードも出ない卓球であるが和やかに親睦を深めた大会でした。

日本復帰の父 泉芳朗勤務 面縄小学校

左 神之嶺小学校写真と沿革誌

昨日,面縄小学校を訪ねる。「校長先生,泉芳朗先生が勤務された沿革誌,日誌等はないものでしょうか?」「それが,全く痕跡が無いんですよ。歴代の教職員名はここに書き出してあります。」と,ホワイトボードを指さす。「泉芳朗は当時ペンネームで,本名は泉 敏登,いずみとしのり」って言うんですが。探してみると「あった!」大正15(昭和元年)年にありました。「良かったです,今まで知りませんでした。」と校長先生も大喜び。このように復帰前の年まで泉芳朗はペンネームであったことを多くの人は知りません。前徳之島高校の校歌も泉 敏登作詞でした。でもこの人が泉芳朗先生と知っている人はいませんでした。(十数年前高校の教員には伝えた)。神之嶺小学校の校長室にある「泉 敏登校長」も数度訪ねて「泉芳朗」の本名と語りました。もちろん,復帰の年は戸籍を改名して「泉芳朗」でした。